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合コンの会場は池袋の西口にある洋風居酒屋だった。
かっこよく表現すれば、ダイナー。
まず私たちが席につき、男性陣が続々と入ってくる。
1人は幹事。
小柄で甘いマスクの持ち主の彼は『コーヒー&シガレット』のTシャツを着ている。
だらしなく太った男性は30代なかばぐらいだろう。
こいつはパス・・・。
男性陣の中で一番背の高い男性。
先輩たちについてきました感みえみえ。
唯一のスーツ姿の男性は彼らの上司だろうか。
なんでこんなヒトがいるわけ?
彼らは一様にやる気のない表情。
(だめだな、こりゃ・・・)
ビールを注文しながら
「ここ『生』で通じないの?」
と文句を垂れる太った男性を見やり、私は苦々しく思った。

乾杯のあと、料理が続々と運ばれてくる。
私の目の前に座っているのは、整った顔立ちをした31歳の男性。
最年少なのに、どういう訳か「アニ」と呼ばれている。
彼を「アニ」と呼ぶのは、衛藤(仮名)という太った男性。
彼で今後のデート時のもてなし方の勉強でもさせてもらおう。
自分が話すたびに私のほうを見る彼に、私はサラダを盛る。
「ありがとう」
彼は礼を言い、次第に2人で喋ることが増えだした。
他は全然盛り上がっていないようだ。
とその時、事件が起こった。
ばたり―。
誰かが倒れる音がした。

倒れたのは女の子だった。
急性アルコール中毒だろうか。
「お酒はそこそこ飲める」
と、2杯目のカシスオレンジを飲み終わった後だった。
騒然となる私たち。
必死に介抱する幹事の男女とスーツ。
なんとか彼女は自力で立ち上がりシートに横になったが、結局途中で帰ることになった。
だが、ここで帰ったのは1人ではなかった。
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合コンでの出会いは、期待しないぐらいがちょうどいい。
ひいては恋愛全般において、言えることだろう。
これは私にとってまた1つ、保険が増えたまでの話。

合コンの相手は、大手自動車メーカー工場勤務の30代の4人組。
職業差別になりかねないであまり言及したくないが、ブルーカラーの男には恋愛においていい印象を持ったことがない。
7月から8月にかけて、しつこく連絡をよこしてきた男性も、運転手だった。
女には若さを求めるくせに、ファッションは1980年代の男。
料理が運ばれてきても、女の前だからといいカッコしようと盛り付けるわけでもなくじーっと待っている男。
男だけの職場で働くヒトは、自分のことは棚に上げて女に多くを求めがちだ。
その上、女扱いにも慣れてない。
当然ながら、恋愛の対象になったことは一度もなかった。
(きっとこの合コンは寒くなるだろう)
その憶測は、当日になっても覆ることはなかった。

合コンに誘ってくれたのは、私と同い年のネット友達。
友人のサイトを通じて知り合った彼女とは、既にネッ友の枠を超えたつきあいをしている。
だがこの彼女、実は同棲中。
(彼氏に嘘ついて合コン出ていいのかよ)
と心のなかでつっこむも、実は彼氏には愛想が尽きはじめているという。
「淋しくて今の彼とつきあい同棲まで始めちゃったけど、ほんっと悲惨よー」
と嘆く。
疲れた顔で彼氏のグチを話す彼女は、私に未来の1パターンを見せてくれる。
片や振られた男を忘れたくて狂ったように出会いの場を求め続け、片や前の男を忘れたくて他の男と同棲生活に突入するも齟齬を感じる毎日。
堕落した2人は、今日の合コンについて話しつつ
「これからの出会いに期待しよう」
と、誓いを立てた。

今回もきっとそのパターンだろうと踏み、
2人の淋しい女は、大した期待もせずに合コン会場に向かった。
【吉祥寺駅南口『スーベルバッコ』にて】
スパークリングワイン グラス2杯

【バーで】
バラライカ
マイヤーズ(ロック)
カルアミルク
2005.10.29 ニアミス
こんな日は、いつか来ると思っていた。
店ではち合わせしなかっただけでも、よかったと思わねばならない。
飲み友達の彼らは、互いに私と2人きりで会ったことがあるなんて知っているのだろうか。


前の会社の先輩・理香子さん(仮名)と、吉祥寺で会う。
失恋しただけでなく、おばあ様まで亡くして落ちこんでいた彼女にとって、外食は久しぶりのことだった。
聞くことしかできない立場ではあるのだが、聞くヒトがいるから、話すことができるもの。
おいしい食事とお酒を楽しみながら、思いきり話してすっきりして欲しい。
そう思っていた。
だけど、1つだけ気がかりがあった。
理香子さんは、吉祥寺のバーに行きたがっている。
(2005年10月9日のブログ参照)
勇気を出して事情を話したが
「なぁんだ。それくらいなら大丈夫だよ。どっちとも何もなかったんだから」
という、あっけらかんとした反応をされてしまった。
ディナーのあと
「ねえ、このあと○○ちゃん(私の本名)の行きつけのバーに連れてってくれるんだよね」
と念を押され、私はいよいよ覚悟を決めて吉祥寺のバーに彼女を連れて行った。
時間は9時半過ぎ。
終電まで2時間少し、滞在できる。
急勾配の階段を上がり、私はガラス戸を開いた。

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【1軒目】
同僚に連れていかれた立ち飲み新宿末広亭の通り沿いのワインバー
(名前失念)にて
マンドラロッサ'04シャルドネ(イタリアワイン)・・・1杯 

【2軒目】
ひとりごはんしたスパゲッティの店『ドナ』にて
カベルネソービニヨン・・・1杯

【3軒目】
『東京1年祭り』にて
白桃おろしサワー・・・1杯 
ハイテンション氏とのデートは、延期になった。
「残業になるのでまた後日」
ということだったのだ。
仕方ないので新宿で同僚と立ち飲みワインバーで飲み、彼女の話ばかり聞きながらかるく飲んで別れた。
(仕方ない、こんな日もあるさ。明日もあさっても飲むんだから今日は帰ろう)
と駅に向かっていた、その時
「まつりだまつり~っ!!」
と叫んでいる男の声が聞こえた。
男はロンブーの田村淳に似ている。
『東京1年祭り』という、祭りをテーマにした飲み屋のようだ。
(どうせ居酒屋の呼び込みだろう)
シラフの私なら素通りしていたに違いない。
だが私は本来、やじうまな性質の持ち主。
テレビのロケなどやってようものなら、必ずといっていいほど、スタッフに番組名と放映予定日を聞いてしまう。
そんな性質がここでも発揮され、5分後には店のなかに入っていた。

ずらり並んだ7人の男と、中央部分に座った私。
呼び込みをしていたのは、飲み会帰りのサラリーマンだった。
あまり見ない光景に立ちすくんでいたら声をかけられ、一緒に飲もうということになったのだ。
彼らは建物の間取り図などを仕上げる仕事をしており、年齢は23~29歳だという。
彼らと1時間くらい話し、合コンの約束をして別れた。

何年かに1度ぐらい、私にはこんな日がある。
寝不足を解消すべく今日こそは早く寝ようと思ったが、まだマニキュアが完全に乾いてない。
今寝たら、朝には爪がでこぼこになってしまうだろう。
頭はぼーっとしているけど、もう少しだけ起きていよう。

今日は7月に行ってきたパーティで会ったハイテンション氏に会う。
(2005年7月24日のブログ参照)
彼からはパーティの後も何度か連絡を貰ったり、デート寸前までいったのだが、カイロの先生と進展しそうだったので断ったのだった。
だが、今の私は多くの男に会っていたい状態。
思い切って彼の携帯にワン切り作戦を試みたところ、あっさり着信があり、近況報告から始まり、トントン拍子で会うことになった。
すべて彼の段取りで。
運命の火ぶたは、今夜切り落とされる。
ぐっちゃんの夢占いというサイトで、ゆうべ見た夢を占ってみた。
その結果は

あなたの夢は、人生の変動がある事を告げる夢です。
これからどんなことが起こってもいいように、自分の中で心構えをしておいてください。
そうすると、後で慌てることもなくなるでしょう。



また「雨」や「壁」「振られた異性」が出る夢というのは、あまりいい意味を持たないようだ。
わるい知らせにならなければいいのだが。

ぽつん、ぽつんと、水滴が床に落ち、カーペットが水分を吸っていった。
私は、雨漏りがしていることに気付く。
ただ事じゃない事態に、私もあいつも目が泳ぐ。
床や壁から水滴がしみ出してきているのだ。
水滴の粒はだんだん大きくなり、壁を伝って床にこぼれる。
水浸しになりつつある床。
「家に戻って様子を見て来た方がいい」
あいつの一言で、私は家に帰る。
夢の世界は現実と違う地理感覚であることがよくあるが、あいつが住んでいるアパートから私の家までは、走っても2、3分の距離だった。
帰宅すると、2階にある私の部屋も水浸しになりつつある。
床上浸水。
そう呼べる状態になるまで、時間はかからなそうだった。

緊急事態だからなのだろうか。
私はあいつのアパートに戻り、自宅の状態を話す。
あいつは私に一緒に避難しよう、クルマを出すからと言わんばかりに手を差し出した―。

ストーリーはここで終わっている。
あいつについていったのか、そうでなかったのか。
その後のことはわからないままだ。
現実の私ならどうするか。
きっと、ついていかないだろう。
災害だろうが、プライドを優先する。
そんな選択をすると思う。
(そういえばあいつ、私のことを名前で呼んでた・・・)
いつも呼ばれていた愛称でなく、私の名前を呼び捨てで呼んでいた。
夢にあいつが出てきたのは、今までにも何度かあった。
しかし、どんな内容の夢だったか、詳細まではおぼえていない。

私は、アパートの一室にいる。
部屋の主は、ひとり身の男のようだ。
私は背筋を伸ばし、あいつと対になって床に座っている。
私の目は決して緩むことがない。
沈着とした喋り方。
怒りを秘めた声色。
警戒心を秘めた張り詰めた態度で、私はあいつに接している。
それは、アパートの一室に着いても、崩れることはなかった。
私は半ば強引に連れてかれて、ここにたどり着いたのだった。

あいつは、熱心に許しを乞うている。
私を今でも好きで、恋人にしたいと言っている。
恋人がだめなら、かつてのように私と交流を持っていたい、とも。
これと似た場面を、私は知っている。
もうだまされない。
一時の感情に溺れて優しいところを見せたら、あいつの思い通りになってしまう。
そこで泣きをみるのは二度とごめんだ。
そのときだった。
固く心を閉ざした私を揺さぶる事態が起こったのは。
2年前にバイトしていたコンタクトの専門店のみなさんと、池袋の『旬鮮北前炙り 高田屋』にて

生中…1杯
冷酒(小徳利)…1合
北前船(日本酒)…1合

エイヒレの炙り焼の誘惑にかられ、日本酒をオーダー。
「最近の男ってなんであんなにチキンなの?」
という先輩の疑問に同調し、最近あった体験
(2005年10月21日のブログ参照)
をもとに返す。
「男たちも彼女が欲しいと言ってはいるんですが、最初から自分のタイプの女性という理想像に当てはまらないと、歯牙にもかけないんですよ。ジグソーパズルに例えると、1ピースでも欠けてたらそこでアウトですね。そのくせ、ほんのちょっとでも他の男に対する気持ちを抱いてるそぶりなんか見せられたら(ああ、この子は見込みないかも)ってあっさり身を引きます。彼らは出来上がった完成品じゃないと認められないんですよ」
「ほんっと最近の男って臆病だよねー!!」
「どうしてあんなにチキンなんだろ」
その場に居合わせた女3人、この話で大いに盛り上がる。

飲んだ後お店に寄ったら、かつての直属の上司
(かっこよく表現してみたが、実際は契約社員)
と、2年ぶりに再会。
だいぶ疲れた様子の彼は、お腹が出始めていた。
その彼と合コンの口約束をし、店を出た。
30歳手前は、急激に老けて見えはじめる入口なのかも知れない。
気持ちだけは若くありたい。
ほろ酔いの頭で考える。
ヒトの内面は、顔に出る。
【ウエイティングルームにて】
スパークリングワイン・・・1杯
赤ワイン系のカクテル(サングリアではないことだけは確か)・・・1杯

【披露宴会場にて】
スパークリングワイン(カステルブランチ)・・・2杯
白ワイン・・・2杯
ビール・・・グラス2杯

【パセラでの披露宴後のお疲れ様カラオケにて】
ウイスキー水割り・・・1杯 


3週間前以来、9杯飲む。

披露宴では、飲んべえの女性メンバーの隣に座る。
どっちのペースなのか掴めないまま、お互いほろ酔いに。
酔いながら互いの異性運のなさを嘆く。
2005.10.22 東横線
一番最後にこの電車に乗ったのは、今年のゴールデンウイークだった。
今日の天気はくもり。
雨も降るという。
あの日も天気が悪くて、葛西臨海公園に行く予定を、横浜に変更したんだった。
その当時と今との決定的な違いは、あいつがいないということ。
昨日、mixiであいつに見つかっていたことがわかって以来、私は少し精神的に落ちている。

お食事やイベント等に連れてってくれる男性は、あのこと以来何人かいたけれど、その中の誰ともしっくりこなかった。
これからも、それを繰り返していくのかも知れない。
淋しいから、他の誰かにいて欲しい。
誰かを忘れたいから、他の誰かを求める。
そのスパイラルを断ち切れない私は、ゆっくりと、少しずつ、壊れていくのではないだろうか―。
浮かない心を奮い立たせて、クワイヤーのソプラノのパートリーダーの結婚式に向かう。
私にとって、お姉さんのような存在の彼女にとっての佳き日を曇らせぬようにしなくては。
電車はあと10分ほどで元町・中華街の駅に着く。
ミードのハニーワインをグラス半分飲んでしまう。

部屋にマイヤーズがあったら、きっと飲んでた。
それぐらいの衝撃。
こんな日は、いつか来ると思っていた。
あいつが、mixiにいることは知っていたけど、見つかりはしないだろうともタカをくくっていた。
それが、見つかってしまったのだ。
愕然とした。
写真こそ出ていなかったが、まぎれもなくあいつだった。
mixiから消えてしまいたい―!
だけど、消えたら他のヒトたちは疑問に思うだろう。
事情を知っているヒトもいるが、半分以上にはこの事実を知らせていない。
かといって知らせるには、勇気が要る。
私には、その勇気がない。

「いっそのこと、あいつにあんたがどれだけ苦しんでいるかブログを見せてやりたいよ」
と、友達は言う。
いつか、ここの所在も知られてしまうのだろうか。
「ゴスペル」や「スガシカオ」など、私の趣味などにまつわるキーワードを3つぐらい取り上げて検索すれば、ココにたどり着くことは実に簡単だ。
もしそんなことがあったら、非公開にしよう。


※このブログを楽しみにしてくださっているみなさんには、ちゃんと閲覧することができるようにパスワードをお知らせしますので、ご安心ください。

『鳥どり 新宿新南口店』にて
生ビール・・・1杯
しゃきしゃき凍りみかん・・・1杯
10月16日 (日)

「私、デートクイーンになる。趣味はデートだから」
同僚を前に、私は宣言した。
「いろんなヒトと会ってみることにしたの。今日がその第1弾という訳。またパーティにも行くわよ」
呆気に取られる同僚。
今まで、漁業に例えると1本釣り漁法しかやっていなかったのだが、地引網も取り入れることにしたというまでの話、とつけ加える。
つきあっている訳ではなくても1人に対象を絞りがちな私に、友人たちはこう言う。
「つきあう前の段階までは自由だよ。いろんなヒトとお食事を楽しんでいらっしゃい」
「何人かと会ってみて、一番いいと思ったヒトとつきあえばいいじゃん」
その第1弾が、30歳SEとのデートだったのだ。

彼と会う前、私は「彼氏がいなかった理由」の模範解答を考えていた。
本当のことを話すことがどれほどリスキーかは、先週の金曜日に学習している。
私が考えた模範解答は、こうだ。
「今までやりたいことがいっぱいあったり、友達とおいしいものを食べに行ったり、遊んだりするのが楽しくてラクだったけど、会社辞めてみて(あれ?そういえば彼氏いないな)って気づいて、友達に勧められてあのパーティに行ってみたの」
半分ぐらいは本当だから、これは決して嘘じゃない。
新宿ルミネのトイレで化粧を直し、香水をつけ、待ち合わせ場所に向かった。

結果・・・反応薄し。
2度目のデートにつながることはないだろう。
彼自身はテンションが高すぎもせず、好印象だっただけに残念。
後日
「カラオケに連れてって♪」
とメールしてみたが、レスはなかった。

これはきっと、私が醸し出す雰囲気がいけないことに違いない。
病気であることがわかって以来、私は人見知りをする。
さらに、営業という「相手の話を聞く仕事」をしていたことが拍車をかけた。
私生活においても新しく出会ったヒトに対しては、振られない限り自分の話はあまりしない。
会社の同僚や、クワイヤーのヒトにも。
私は誰に対してもバリアを張って接するような人間になっていた。
その彼は言った。
「ずっと話してるけど、(あなたは)近寄りがたい雰囲気を発してますよね。何考えてるのかわからないような感じ」
「そうかしら?」
笑ってとりつくろったが、私の課題というものが見えてきた。
「親しみやすさを出す」
それには、素の自分を出せるようになることが不可欠だ。
次行こう、次。


新宿西口にある『きのこのこ』
生ビール・・・1杯
白ワイン・・・2杯
10月14日 (金) 午後10時前

私は、新宿西口の小さなレストランにいた。
目の前には、第1ボタンを外したシャツに紺のスーツを着た彫りの深い男性。
このヒトと私は、先ほどのパーティでカップルになった。

パーティでは半分以上の男性と話したのだが、薄暗い照明も手伝って、誰が誰だかほとんどわからなかった。
顔と番号と名前が一致しない状態。
目の前の男性以外で覚えているのは、私が前にいた会社のあった街に住んでいる30歳のSEのみ。

「お酒が好き」
という点で意気投合した目の前の男性は、印刷会社を営む34歳。
こういったイベントに参加したのは、初めてだという。
私たちは好きなお酒の種類や、お互いの趣味などについて話した。
話の流れは自然、彼女および彼氏いない歴になる。
「えーっ、もう何年もいないですよ」
と返す私に、彼は
「嘘だろ。ほんとはどうなの?」
と探る。
「実は3年ぐらい友達以上恋人未満のヒトがいたんですけど、4ヶ月ほど前に、友達以上失恋したんです」
ワインの酔いも手伝って、本当のことを喋ってしまう。
「そのヒト、今は北海道で別の女性と暮らしてます。私、そのヒトを忘れようと髪切ったり、お酒いっぱい飲んだり、友達に連れられてこういったパーティに参加してみたりしたけど、その友達が言うんです。1人で(パーティに)行ってきなさいって」
目を丸くする男性を前に私はさらに続ける。
「時間はかかっても、いつかそのヒトを忘れられる日が来ると思うんです。電車とかでデパートの『北海道展』とかの広告を、目を背けないようになれる日が来ると信じてます」

「めちゃめちゃ引きずってるじゃん」

やや引き気味に彼は言った。
その彼とは駅で別れて以来、御礼メール以外の連絡を取ることはなかった。
(ああ、やっちまった・・・。喋るんじゃなかった、こんなこと。)
私は、パーティで出会った30歳SEにメールをした。
彼とのデートはトントン拍子に決まり、来週の日曜日に会うことになった。


10月14日 (金)

以前から友人のハルちん(仮名)に再三にわたって勧められていた出会いパーティへの1人参加。
2005年7月24日のブログ参照
単独行動できる私の性質であることを熟知しているからこそ、彼女は勧めてくれたのだろう。
どこの会場に行っても1人参加の女性はいる。
私も今回、それになるまでだ。

今回は、以前と違う主催会社のパーティ。
そのパーティを選んだ理由は、開始時間が19時半だったから。
パーティは2時間ぐらいかかる。
終了が21時半過ぎだったら、その後誘われたとしてもあと2時間ちょっとは飲めるだろう。
誰かに誘われなかったら、吉祥寺に行けばいい。
それくらい気楽に考えながらも、男性ウケを狙った装いで本番に臨む。

この日のために選んだ服は、シンプルなアイスブルーのニットに、黒いタイトスカート。
足元は、ベージュの網タイツに黒いブーツ。
シャドウは眉下に白、上下まぶたにはピンクを入れる。
口紅もピンク。
その上からグロスを塗り、鏡の前で微笑む。
私は、『本カノになる』という本に書いてあったままと例えられてもおかしくないほど狙いすぎた装いで会場に入った。
10月13日 (木)

ハルちん(仮名)に呼び出され、練馬駅からほど近い沖縄料理と刺身のおいしい店『海人(うみんちゅ)』で飲む。
ハルちんの彼・中村さん(仮名)途中参戦のため、つい泡盛や焼酎を飲んでしまう。
結局3杯のはずが、全部で5杯飲むハメに。


1杯目・・・生中
2杯目・・・ゴーヤーハイ
(ゴーヤにリンゴとヤーコンをブレンドしたサワー。苦くても全部飲んだのは健康を考えてみたため)
3杯目・・・菊之露サザンバレル古酒(ロック)
4杯目・・・ニコニコ太郎(泡盛・ロック)
5杯目・・・れんと黒糖焼酎(ロック)


翌日、また胃がもたれてしまった。
飲みすぎるのがいけないのか、ご飯ものを食べなかったのがいけないのか。
おそらく、前者がいけないのだろう。
私は明らかに、酒量が増えた。


中村さんもいる席上、ハルちんは私の男運の悪さと明日出会いパーティに単独参加する旨を話す。
7月のパーティに一緒に行ってくれたハルちんは、以前から私に
「今度は1人で行ってみれば。パーティの後、飲みに行きやすいし」
と勧めていたので、同調するカタチで行ってみることにした。
2005.10.12 友人の忠告
友人の知穂(仮名)から電話があった。
彼女は先月ハワイで公認会計士の彼と結婚式を挙げたばかり。
来月、東京で披露宴と2次会をやる。
私に招待状メールを送ってくれた彼女は、出欠の確認を取るために電話をくれたのだ。
しかし、招待状はパワーポイントファイル。
私のパソコンにはパワポは入っていない。
金曜日に新宿のFedexキンコーズのパソコンから招待状ファイルを開き次第、返事すると伝えた。

「おかげさまで今は最悪の状態から脱しているよ」
失恋で苦しんでいたときに相談に乗ってくれた彼女に、お礼がてら現在の状況を話す。
「そう、それはよかった」
と彼女特有のドライな喋り方で安心する知穂。
「うん、でも今でもほんとに辛くなったときなんか、あいつのブログ読んじゃうんだよね。それも前は3~4日に1度だったけど、今は2~3週間に1回ぐらいになってきたよ」
「だめだよ!」
すかさず制する知穂。
「いい?忘れたい男の情報は入れないの。それでなきゃ立ち直れないよ」
「そうだよね・・・」
彼女の言うことは正しい。
友達経由でなくても、家にいながらでも入るあいつの近況。
それを知っても、今の私にはどうにもならない。
たとえ、あいつと私がまた会ったとしても、私はきっとあいつを拒絶する。
そうすることでしか、私は前に進めない。
たとえ、あいつが私との関わりを求めてきたとしても。

「まっ、2次会に期待してよ。彼の大学の友達も来るし」
知穂は軽く含み笑いをしながら、私にそう告げた。
ちょっとだけ、期待してみようと思う。
その場を楽しむことを考えよう。

10月8日(土)

練習後、いつもの飲み屋『和民』で飲む。
結婚式のため合宿に参加できなかった私にとって、彼らと飲むのは1ヶ月ぶりのこと。
面白くて、ちょっぴり深い話も聞けて、彼らといるのはやっぱりいい。
この日飲んだ酒は、ベーシックに生ビール3杯。

 
10月6日(木)

前の会社の事務のお姉さん・理香子さん(仮名)と歌舞伎町にある焼酎と地酒が看板の『まねき屋』で飲む。
在籍していた頃から
「女ふたりで飲みたいですね」
と語っていたが慌しく時間が過ぎ、お互い会社を辞めて初めてサシで飲む時間ができた。
つい飲みすぎてしまい、土曜まで胃もたれが続く。


●焼酎
ダバダ火振 水割り
奄美夢幻 ロック

●日本酒
酔鯨 
天法
1杯だけ八海山
(理香子さんと天法と交換)

●カクテル
カシスオレンジ


理香子さんとは、月末に吉祥寺で飲む約束をした。
彼女は、あのバーに行きたいと言っている。
秘密にしておきたい場所なので、正直少し困っている。
どうしたものか・・・。

2005.10.09 Excuse(3)
ここのブログに関していえば、非公開に設定しない限り誰でも閲覧することができる。
ブログならコメントもつけられる。
トラックバックという形で、他のブログから引用することもできる。
ブログはコミュニケーションツールでもあるのだ。
そこで私は、自分の考えを一旦活字にして整理し、なおかつ相手にもちゃんと伝えられるように細心の心配りをしながら書くことを心がけていきたいと思う。
願わくば、ありのままをありのまま伝えられるように。


それをやるまでに至るには、体力と気力が必要不可欠だ。
今の私には、気力はまだしも体力がブログを書ける夜まで残っていないことも多い。
どんな仕事でも、体力は消耗する。
たとえ体力があっても、気がのらないとブログ更新までには至らない。
とてもわがままな理由だが、同じ雑文でも思ったことをただ吐くように書くよりはましだと思っている。
思ったことをただ書き散らかす時期はもう過ぎている。
再発の危険性は否めないけれど、今の私に必要なのは「整理すること」なのだ。
ただし、書きたいことはいつだっていっぱいある。
少なくとも放っておくことはないので、その点は安心して欲しい。

2005.10.08 Excuse(2)
今から5年前の秋から春にかけてのこと。
私はメンタルヘルス系の自助サークルに入っていた。
そこにはうつやパニック障害などのヒトがいて、日々自分の症状や悩みなどを日々サークルのホームページのBBSに書き込んでいく。
私はその中では割と重要な立場にいた。
いろんなヒトの悩みなどに対し、ときに自分の体験を引用しながらレスをつけていた。
自助サークルには、私と同じ病気のヒトはほとんどいなかった。
そこで、同じ病気のヒトが集まるホームページのBBSにも、よく書き込みをしていた。
誰かを勇気付けることで、自分も癒される。
それが正しいことだと信じてやまなかった。
ずっと抑圧されてきたものが一気に弾けていたから、思っていることや言いたいことはいつも山ほどあった。
体力もなくうつ状態もひどかったけど、当時の私にはそれらをの全てを活字にするぐらいのパワーがあったのだ。


しかし、そんな日は思ったより早く終わってしまった。
原因は自助サークル内部の分裂と、私自身の恋愛問題。
私には、どうしようもないほどすきなひとがいた。
(2005年7月7日のブログ参照)
当時の私は衝動的な行動ばかり起こしていて、そのひとに対してもそうだった。
そのひとに関わる事柄以外にも、突然母の従姉の家を訪問したり、カードで次々と買い物をしたり、突発的な行動ばかり起こしていた。
そんなことをしているうちに、私は疲れてしまった。
私が自分自身を語らなくなっていたのは、その反動によるものである。
さいわい穏やかに生活できた時期もあったので
「つらいことがあったら相談する」
という発想すらなくしていた。
弱い自分を見せたくなかったのだ。
それが誰かに迷惑の及ぶものであると痛感していたから。
いつしか私は、自分が何を考えているのかを整理することすらしなくなった。
まとまっていない自分の考えを、声に出して喋れば
「?」
な反応をされるのは、当然だった。
(これではまずい、何らかの手を打たないと)
そう感じた末に思いついたのが、ブログだった。
2005.10.08 Excuse(1)
このブログのは更新頻度が低いのは、今に始まったことではない。
なかなか更新されないので、数少ない読者をやきもきさせているかも知れない。
それを思うと、申し訳ない気持ちになる。
なぜ更新頻度にムラがあるのか。
この場をかりて釈明させていただきたい。

失恋を契機に開設したこのブログは、実際に起こった出来事やその時の発言、場合によっては私自身の内面の葛藤などを自分なりに整理しながら、文章にまとめ上げている。
平たくいえば、一旦クールダウンしてから書いているのだ。
というのも、私は喋るのがあまり得意ではない。
思い付いたままに話したり、変なところに目をつけて発言してしまうことがある。
当然、相手からは
「?」
な反応をされがちで、私はそのたびに気まずい思いをする。
ただし、そのズレっぷりを面白いと受け止めてくれるヒトもいて、私は彼や彼女らの存在にあまえてしまう。
それをよしとする環境にいれば、喋りベタを改善する気は薄れるのは自然なことだったのだ。

それでは良くないと危機感を持ったのは、今年6月までいた会社に入ってから。
その会社では、ことさら論理的に話すことを重要視された。
これは私が苦手とする分野で、きちんと説明できないと叱責や小言が飛ぶこともあった。
そんな自分がもどかしく、お客様を前にしても思う通りに話すことができない。
相手に少しでも通じてないと察した途端、私は自己嫌悪に陥った。
しかし私にも、自分の思ったことをきちんと説明できていた時期があった。
今度の職場も、辞めるヒトが多い。
既に2人辞めてしまった。
辞めていくヒトを見ることには慣れている。
私も4ヶ月前には、会社を辞めていく立場だった。
仕方がないことだ。
つらいことがあったり、やりたいことがあったり、各々事情を抱えているのだから。
とはいえ、それが自分にとって親しいヒトだったら心苦しい。
今日、新たに1人がいなくなっていた。
そのヒトは、私が一番仲良くしていた元介護職の女の子。
(9月20日のブログ参照)
私が従兄の結婚式のために休んだ日曜日、職場のリーダーとひと悶着あったそうなのだ。

聞くところによると、彼女が仕事上の疑問点をリーダーに質問したところ、リーダーは
「細かいところにこだわらなくていいよ。そんなことは気にしなくていい」
と、彼女の疑問をあっさり切った。
しかし、彼女は自分なりに解決の方法を探した。
それは仕事上結構重要な事柄だったから、見過ごせなかったのだ。
そうしていくうちに、彼女はミスをしたのではないかという意識にさいなまれる。
「ミスをしたかも知れないんです」
とリーダーに報告したところ、彼は
「それはとても困る」
と明らかに嫌そうな態度を取ったのだそうだ。
以来、彼女が職場に現れることはなくなった。

私はその場にいなかったから、詳しい状況はわからない。
ただ言えることは、リーダーの態度は上に立つ者としてあまりに責任感がなさ過ぎるのではないか。
私も彼女も入社して間もない。
当然ながら、仕事上わからないことだっていっぱいある。
もう少し真摯に接してくれてもよかったのではないだろうか。
彼女の相談相手にもなれなかったことが、悔やまれてならない。
お互いの連絡先も交換しないまま辞めていった彼女は、いつかは介護の仕事に戻りたいと言っていた。
今度ばったり会った時には、幸せな現状でありますように。
彼女も、そして私も。




9月30日~10月1日

吉祥寺のバーにて
店員に京都みやげの生八ツ橋
(チョコバナナ&チョコいちご)
を持っていったところ、バーテンの女のコ・ナナちゃん(仮名)が今日で辞めると聞く。
気づいたら朝まで飲んでいた。

ハイネケン生 1杯
マイヤーズロック 1杯
シシリアンキス 2杯
モエドシャンパン 1杯
ドンペリニョン 3杯!
(モエとドンペリは常連さんがご祝儀として注文し、店中の客に振舞ってくれたのだ!ドンペリは酸味が強く、白ワインがそのまま弾けたような味だった)
ナナ'sスペシャル 1杯
(ナナちゃんが作る人気のカクテル。ヒプノティックとヨールグルトを使ったものと思いきや、すっかり酔っている私にはナナちゃん曰く「いろいろ!」なものが入ったカクテルが出てきた。サザンカンフォートなどが入ったものと思われる)

酔ったのはこんなに飲んだからだけでなく、煙に酔ったのだと思う。
常連客にそそのかされて買ったマルメンライトが強すぎたから。
それでも、プロのバイトリニストによる演奏に合わせて踊るプロのバレリーナのを観ることができたのは、得がたい体験だったといえる。
酒場の魅力を感じた一夜だった。

ひどい二日酔いで休日を寝て過ごすことに。
二日酔いは、夕方まで続いた。


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